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【アラベスク】  第16章 カカオ革命



第2節 手作りの魔力 [2]




「なんだそれ?」
「お前とツバサ、最近ヤケに仲がイイらしいじゃねぇか。休み時間のたびに教室の隅で話し込んでるって」
「え?」
「もう学年中の噂だ」
「へぇ、本当?」
 冷やかすような瑠駆真の声に、聡は慌てて口を開く。
「誤解だ」
 言いながら立ち上がる。立てば見下ろすのは聡の番。
「だいたい、なんで俺が涼木(すずき)なんかに手を出すんだよ?」
「聞いているのはこっちだっ」
 背の高い相手の胸倉を掴んだまま、コウは語気を荒げる。すでに興奮し始めている。
「噂は本当か?」
「嘘だ。誤解だ」
「休み時間の話も?」
「そっ」
 聡は言葉に詰まってしまった。途端、胸倉を掴む手に力が入る。
「ツバサと何してやがるっ」
「ま、待て、誤解だ。誤解だよっ」
 両手でコウの手を掴む。だが引き剥がす事ができない。聡だって力はある方だ。だがそれ以上の力で自分の胸を締め上げる。
 ツバサの事となると我を忘れて暴走するのを、聡も瑠駆真も美鶴も知っている。普段は間抜けとも表現したくなるほど温厚な性格なのに、ツバサ絡みとなると豹変する。
「お前、大迫(おおさこ)のみならずツバサにまでっ!」
「やめろ蔦っ 誤解だ」
「蔦、やめろ。とりあえず聡を離せ」
 さすがにやばいと思ったのか、瑠駆真が両手を伸ばす。
「邪魔をするのか?」
「落ち着けと言っているんだ」
「これが落ち着けるかっ! コイツはツバサに手を出したんだぞっ」
「だからそれは誤解だって」
「じゃあ、休み時間にこそこそ二人で話してるってのは何なんだよ?」
「それはっ」
「やめなって」
 さすがに無視できなくなって美鶴が声をあげた時だった。
 携帯の音が鳴り響く。まるでその場の騒ぎをバカバカしいと笑い飛ばすかのような軽快な着メロ。四人ともが一瞬動きを止め、そうしてコウがポケットから取り出した。
 画面を確認してボタンを押す。
「もしもし?」
 片手で聡の胸を掴んだまま応対し、やがてその片手を離して天井を仰ぐ。少し不満そうな顔をしてから、わかった、などといった言葉を最後に携帯を切った。
「塾の時間を間違えてた」
 言って、いつの間にか机の上に放り投げていた鞄を手に取る。そうして聡を振り返る。
「改めて説明してもらうぜ」
 誤解だと主張する聡の言葉などまったく信用してはいない顔。
「いくらでも説明してやるさ。ただし、もう少し頭冷やしてから来てくれよ。でないとこちらも説明のしようがない」
 その言葉にコウはふんっと鼻を鳴らし、入ってきた時と同じような勢いで出て行ってしまった。
「何だったんだ?」
 呟くような瑠駆真の言葉に、聡がうんざりと腰を下ろす。
「知らねぇよ」
「そう? でも原因は聡なんだろう?」
「何で俺なんだよ?」
「涼木さんに手を出した」
「出してねぇよ」
 途端に(いき)り立つ。
「くだらねぇ事言ってんじゃねぇよ」
「じゃあ、さっきの蔦の話は何? 涼木さんと何やら密会を重ねているらしいけど」
「私が何?」
 ハキハキとした声に振り返ると、入り口にはスラリと背の高い少女が腰に手を当てて立っていた。
「今、私の名前が出ていたようだけど」
 視線を交わす三人。
「何よ?」
 訝しげに周囲を見渡しながら不満げに入ってくる。
「陰でコソコソと噂されるのは気に入らないんだけど」
 ツバサらしい。
「しかも、アンタたちがそんな真似をするとは思わなかった」
「それは、褒められているとでもとればいいのかな?」
 瑠駆真が品良く首を傾げる。
「そういう前向きな考え方は嫌いじゃないけれど」
 入れ違うように出て行ったコウがそうだったように、ツバサも鞄を机の上へ置いた。サッと軽快に頭を上げると、黄色い髪留めがチラリと光る。
「今はまず、こちらの質問に答えて欲しいわね」
「ごもっとも」
 言ってチラリと聡を見遣る。こちらはなにやら意味ありげに視線を逸らせている。
「何よ、言いたい事があるならハッキリ言いなさいよね」
「言ったら?」
 美鶴の言葉にも聡は曖昧な表情で頬杖をつくだけ。そんな態度に冷ややかな視線を向け、瑠駆真が口を開いた。
「聡が君に手を出したという噂があるらしいが?」
「は?」
 一瞬ワケがわからず絶句するツバサ。
「何それ?」
「詳しくは知らない。ただ、君と聡が最近仲が良いのだともっぱらの噂らしい」
「誰が言ったの?」
「君の彼氏クン」
 聞くなりツバサはため息をつく。
「またコウが何か早合点でもしたんでしょう? まったくもう」
「早合点なんて生易しいもんじゃないね。ついさっき、ものすごい勢いで駅舎に飛び込んできたよ。聡に飛びついてすごい剣幕だった。塾があるとかで出て行ったけどね。君と入れ違いだった。どこかその辺りで会わなかったのか?」
「会わなかったわ。まったく、何を誤解している事やら」
 瑠駆真の言葉に、首を横に振るツバサ。呆れたような口調だけを聞いていると、事をそれほど重大だとは思っていないらしい。だが、次の瑠駆真の言葉に少しだけ肩を震わせた。
「休み時間ごとに、なにやら聡と話込んでいるらしいじゃないか?」
「え?」
 思わず言葉を失った、といった感じだろうか。一瞬視線を聡へ移し、だがすぐに右手で短い髪の毛をクシャリと掴んで天井を仰ぐ。
「別に大した事じゃないわよ」
「そう?」
「休み時間ごとって言ったって、いつもってワケじゃない」
「でも、そんなふうだって話だよ」
「噂でしょ?」
「まぁね」
 あっさり認める瑠駆真に、ツバサは肩を竦めてみせる。
「噂なんて大袈裟なものよ。それに、例え金本くんがちょっかい出してきたって、私は相手にするつもりもないし」
「お前の相手なんて誰がするかよ」
 ようやく顔を向けた聡が不満げに言うが、その言葉にツバサは笑うだけ。
「だそうだから、私と金本くんはどんな関係でもないわ」
「だったら早いとこ、君の彼氏の誤解を解く事だね。でないと聡が怪我をする」
「金本くんならコウ相手に怪我をするとも思えないけど」
「君の彼氏クンはそんなに甘くはないよ。君の事となると見境が無くなる。そんな事、君自身が一番良く知っているんじゃないのか?」
 途端、ツバサは微かに頬を染め、恥かしさを隠すためにか、語調を強める。
「わかったわよ。言っておけばいいんでしょう?」
 羨ましい事で。
 心内で呟く瑠駆真。
 美鶴も、僕との間柄でこのような恥じらいくらい、見せてくれればいいのに。
 そう願うのは贅沢な事なのだろうか?







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